■ 医療点数制度のゆがみと、これからの医療のかたち
― “事件が起きない方が良い仕事” をどう運営するべきか? ―
医療というサービスは、普通のビジネスとは根本的に性質が異なります。
飲食店・アパレル・娯楽とは違い、医療の需要は「健康が損なわれる」という“マイナスの出来事”を源泉に生じるものです。本来なら誰も病院に行かずに済むほうが良い。しかし現行の医療制度では、この「行かないほうが良い」という前提と、医療機関の収益構造が必ずしも一致していません。
■ なぜ医療だけ「出来事に応じてお金が動く」仕組みなのか?
現在の日本の医療費は、診療行為ごとに点数(レセプト点数)がつき、
診察すればするほど、検査を増やせば増やすほど、医療機関の収入も増える仕組みです。
これは、消防士や警察官の仕組みと比べると違和感があります。
例えば消防士は、火事がゼロでも給料が減ることはありません。
警察官の給料が事件数に連動することもありません。
なぜなら、
火事や犯罪が“増えてはいけない”からです。
医療も同じく「病気が増えてほしくない」領域のはずですが
・診療件数
・検査件数
・投薬数
が収入に直結するため、構造的にインセンティブのズレが生まれています。
もちろん医療機関の大多数は真面目です。しかし構造上、
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大した症状でない子どもの診療を誘導しやすい
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精神科で過剰診断・形式的な診察に陥りやすい
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形式だけの診療や、不要に近い薬の追加
などが起きやすい土壌があるのは確かです。
■ 「無料化」は別の問題を生む
最近は子どもの医療費が完全無料の自治体も増えていますが、これも副作用があります。
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軽い鼻風邪でもとりあえず受診
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本当に必要な子が待ち時間で受けられない
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医療費は自治体負担なので財政悪化へ
医療費は“無料”にすると、需要が必ず増えます。
これは世界の医療データでも明確な現象です。
無料化は弱者支援としては分かりやすい一方、医療のひっ迫と財政負担を確実に増やします。
■ 解決案:月額自己負担の「上限」をつくる
完全無料ではなく、
「一定額までは自己負担、限度額を超えたら公費でカバーする」
という仕組みが現実的です。
例として:
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低所得者:月 1万円までは100% 自己負担
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1万円を超えた分は公費負担(本人負担はゼロ)
メリットは3つあります。
● ① セルフメディケーションが自動的に促進
「軽い風邪は家で様子を見る」という行動が自然に増える。
● ② 医療機関の混雑が減る
本当に必要な子ども・患者が受診しやすくなる。
● ③ 行政の医療費も抑制
医療費の構造的な伸びが緩やかになる。
これは“超過分だけ支援する”という合理的な設計で、
ヨーロッパの一部で採用されている「定額自己負担」に近い考え方です。
■ 病院側は「点数制」ではなく固定給方式へ
医療機関側のインセンティブを整えるには、点数制度に依存しない収入構造が必要です。
提案モデルはこうです:
■ クリニックは自治体からの“固定給+評価制”で運営する
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基本運営費は自治体が支払い
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点数・件数に依存しない
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過剰診療をしても収入は増えない
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必要な医療を丁寧に行う方向に誘導される
医療が「件数商売」から解放されることで、
不必要な診療の抑制にもつながり、結果的に自治体の医療費負担も減っていきます。
消防・警察と“完全に同じ”にはできないにせよ、
「完全出来高制」から「基礎収入+評価制」への移行は現実的です。
■ 「無料医療の国」と日本の違い
世界を見渡すと、医療がほぼ無料の国は少なくありません。北欧諸国やイギリスなどでは、公立の医療機関では無料または極めて低額で受診できる代わりに、待ち時間の長さが大きな問題として存在します。
そのため、
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公立(無料)=待ち時間が長い
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私立(自費)=早く診てもらえるが費用は高い
という二層構造が、ごく自然に形成されています。
これは「無料にすると需要が増える」「需要が増えると待ちが発生する」という、ごく当然のメカニズムの結果です。
つまり、公立と私立を分けることで、“誰でも受診できること”と“早さを買えること”のバランスを取っています。
日本はこの点が世界と少し違います。
高度で質の高い医療を、安価で、しかも比較的すぐに受けられます。しかしその裏側には、
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高額な公費負担(税金+保険料)
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過剰需要・過剰サービス
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医療機関の乱立による非効率
が存在しています。「日本の医療は安くて最高」と言う人が多いのは事実ですが、その“安さ”は国民全体の税金と社会保険料が支えているのもまた事実です。
■ 開業クリニックが乱立する構造を見直すべきでは?
日本では医師が自由に開業できる仕組みになっているため、都市部では個人クリニックが大量に乱立しています。
それは競争を生みサービス向上につながる一方で、
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地域医療の分散
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過剰診療のインセンティブ
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医師の偏在化(都市部だけ過多)
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小規模クリニックゆえの非効率
といった問題も生んでいます。
そこで有効なのが、
「地方自治体主体のクリニック」モデルです。
■ 地方自治体が運営する“公立クリニック”という選択肢
公立の一次医療クリニックを自治体が整備し、そこに医師・看護師・事務スタッフが勤務する。
消防署や公立学校に近いモデルです。
この仕組みには多くのメリットがあります:
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需要に応じて自治体議会が拡充を決定できる(民主的・透明)
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医師の偏在を緩和しやすい
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過剰診療のインセンティブを排除
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医療費コントロールがしやすい
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地域ごとの適切な医療資源の配分が可能
そして、一つ重要なのは 待ち時間をゼロにしようとしない ことです。
■ 回転率110%モデル:あえて“少し待たせる”ほうがバランスが良い
医療はサービス業ですが、待ち時間を完全に排除すると需要が爆発し、医療費が跳ね上がり、採算が取れなくなります。
だからこそ、
回転率110%くらいの適度な待ち時間を残す設計が合理的です。
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大した症状なら家で様子を見る
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本当に必要な人は多少待っても受診する
この「自然な需要調整」が、無料や低料金の公立医療には欠かせません。
■ 待ちたくない人向けの“完全自費”の私立クリニックも置く
公平性・効率性のバランスを取るために、私は次のような二層構造が最適だと思います:
● ① 公立クリニック(低額〜無料)
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若干の待ち時間あり
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税金+保険方式で運営
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地域の基礎医療を担当
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過剰なサービス競争はしない
● ② 私立クリニック(100% 自費)
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予約制・待ち時間短い
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サービスや設備に差別化
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早さや快適さを“価格で”買う仕組み
この形にすることで、
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公立は効率的に最低限の医療を提供
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私立は市場原理で高付加価値を提供
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患者が「時間かお金か」を選べる
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財政負担は過剰に膨れ上がらない
という、とても安定した構造が生まれます。
日本特有の「安いけど過剰サービス」「待ち時間もそこまで長くない」「その裏で財政が燃えている」という状態より、遥かに持続的です。
■ おわりに
医療は“万人に必要で、しかし誰も使いたくない”という複雑な性質を持った領域です。
医療機関も患者も行政も、善意だけでは制度を運営できません。
だからこそ、「仕組み」そのものを現代に合わせて作り直す必要があります。
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完全無料ではなく、月額の自己負担上限を設定
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医療機関は出来高制から固定給+評価制へ
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健保組合の肥大化構造も見直し
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無駄な診療・無駄な需要に依存しない医療へ舵を切る
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日本の医療は安くて質が高いが、その裏で税金と保険料が大量に投入されている
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医療は本来“ない方がいい需要”であり、件数主義(点数制)とは相性が悪い
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完全無料化は過剰需要と混雑を必ず生む
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公立クリニックを自治体主体で整備することで効率化できる
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回転率110%くらいの待ち時間をあえて残すことで自然な需要調整が可能
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早さや快適さを求める人は完全自費の私立クリニックを利用し、バランスが取れる
こうした小さな改革の積み重ねが、
財政的にも現場的にもサステナブルな医療制度を生み出していくはずです。
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