結局リモートワークはどうなった
リモートワーク議論で決定的に欠けているもの
雇用形態・職種・評価不能な仕事の存在
リモートワークを巡る議論は
「生産性が上がる/下がる」
「出社が必要/不要」
といった二元論に陥りがちだ。
しかし、多くの議論で意図的に、あるいは無自覚に欠けている視点がある。
それが 雇用形態(解雇・減給のしやすさ) と 職種ごとの成果の可視性 だ。
日米で真逆の「雇用前提」を無視した議論
■ 日本:解雇できないから「出社させる」
日本の雇用文化では、
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一度正社員で入社すると
-
明確な違法行為や重大な能力不足がない限り
-
減給・解雇のハードルは極めて高い
つまり、「サボってもクビにならない」構造が制度として存在している。
この前提でリモートワークを導入すると、
-
働いているか分からない
-
成果も見えにくい
-
しかしクビにはできない
という状況に経営・管理側が陥る。
結果として出てくる結論は、極めて単純だ。
「だったら出社させて、最低限サボれない状態にしよう」
日本の出社回帰は、リモート否定ではなく、解雇できない制度の代替手段としての側面が大きい。
■ アメリカ:クビにされないために「自発的に出社する」
一方アメリカでは、
-
解雇は比較的容易
-
成果が出なければすぐレイオフ
-
「文化に合わない」でも切られる
この環境では、リモートワークが可能であっても、
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上司に顔を覚えてもらう
-
存在感を示す
-
評価者の近くにいる
という理由で、自発的に出社する人が一定数存在する。
いわば、
出社は「仕事」ではなく雇用維持のための政治行動(ゴマすり)
という側面を持つ。
つまり、アメリカの出社は「強制」ではなく恐怖と競争が生む自己防衛行動でもある。
日本の「管理される側 vs 管理する側」という対立構造
この雇用前提の違いが、日本では次の構図を生む。
-
管理される側:「出社は無駄。リモートで十分」
-
管理する側:「見えないと管理できない。どう出社させるか」
この対立は、どちらが正しいかの問題ではない。
原因は、
成果が出なくても雇用が維持される=管理コストを物理的拘束で補うしかない
という制度設計にある。
「成果で評価すればいい」は、職種を無視した乱暴な理論
リモートワーク推進論でよく言われるのが、
「成果で評価すれば、出社かリモートかは関係ない」
という主張だ。
だが、これは職種を限定した話でしかない。
■ 成果が数値で明確な職種
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営業(売上、契約数)
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マーケティング(CV、CPA、ROI)
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広告運用
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EC運営
これらは確かに、
-
リモートでも
-
出社でも
成果が数値で一発で分かる。
■ 成果が数値化しにくい職種
一方で、以下のような職種はどうか。
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企画職
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バックオフィス
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中間管理職
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調整・連携・レビュー役
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教育・育成担当
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社内向け業務
これらの仕事は、
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成果が間接的
-
数値に落としにくい
-
時間をかけて効いてくる
という特徴を持つ。
この職種に対して、
「成果で判断すればいい」
と言うのは、
測れないものを測れと言っているに等しい。
結果として、
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管理者は不安になり
-
監視や出社を求め
-
現場は反発する
という摩擦が生じる。
出社回帰は「怠け対策」ではなく「制度の限界」
日本企業の出社回帰は、しばしば
「社員がサボるから」
と説明される。
しかし、正確にはこうだ。
サボっても処分できない制度の中で、成果が測れない仕事をどう管理するか分からない
その結果として、
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成果評価ができない
-
解雇もできない
-
だから物理的に集める
という、消去法の出社回帰が起きている。
アメリカの最大手とそれ以外の違い
GAFAM回帰の背景と、これからの働き方システム
2020年のコロナ禍で一気に広がったリモートワーク。
「もう会社に行く時代は終わった」そう語られた時期もありました。
しかし、2023年以降、多くの企業——特にGAFAM(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft)は従業員にオフィスへの回帰を求め始めました。
なぜか? それはリモートワークが失敗だったからではなく、制度設計が中途半端だったからです。
一方で、GitLab、Automattic(WordPress)、Basecamp、ZapierなどRemote-First企業は、むしろ業績を伸ばし、従業員満足度も高いままで運営しています。
この差を生んでいる要素は何か?
その答えは「文化」や「性格」ではなく、仕組み(Systems)です。
リモートワークが成功する企業と失敗する企業の違い
| 企業タイプ | 管理方法 | 評価軸 | 採用 | 組織構造 |
|---|---|---|---|---|
| GAFAM型(出社要求) | 会議中心 / 対面優位 | 出社+成果 | 役職者採用+プロジェクト単位 | 階層型 |
| Remote-First企業 | 非同期コミュニケーション / ドキュメント文化 | 成果ベース+稼働時間ベース | スキルベース / 世界採用 | 分散型 / フラット |
失敗した企業の多くは、「オフィス文化のままリモート化しようとした」
これが最大の原因です。
Slackで常にオンライン要求、Zoom連打、報告会議の増加。
これは働き方を改善するどころか、疲弊と管理コストを増加させました。
GAFAMの出社回帰は成果と評価の制度の欠陥
GAFAM(Google / Apple / Meta / Amazon / Microsoft)を含め、多くの企業が
「リモートワークでは生産性が落ちる」
「イノベーションには対面が必要」
という理由で出社回帰を進めている。
だが本当にそうだろうか。
問題の本質は、働く場所ではなく、成果の定義と評価制度そのものが壊れていることではないか。
そもそも「成果」とは何かが定義されていない
GAFAMを含む多くの大企業では、
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OKR
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MBO
-
年次評価
-
マネージャー評価
といった制度が存在する。
しかし実態としては、
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成果が曖昧
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評価は主観的
-
マネージャーの印象に左右される
-
会議・発言量・存在感が評価に影響する
という構造から抜け出せていない。
つまり、
成果を正しく測れていないから、働いているかどうかを「出社」で代替評価している
これが出社推奨の正体ではないか。
評価についてはこちらの記事で細かく論じています
■ なぜ360度評価がリモートと相性がいいのか
-
サボれば
→ 返信が遅い
→ レビューが雑
→ 協力しない
→ 評価が下がる -
頑張れば
→ 相談が早い
→ フィードバックが的確
→ チームが回る
→ 評価が上がる
つまり、
管理者が監視しなくても、同僚との関係性そのものが評価装置になる
サボれない構造は「監視」ではなく「関係性」で作れる
デスクトップ監視や常時オンライン強制は、
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管理コストが高い
-
信頼を壊す
-
生産性を下げる
一方、360度評価を前提にすると、
-
仲間からの評価が下がる
-
チーム内で信用を失う
-
将来の仕事が回ってこなくなる
という自然な圧力が生まれる。
これは、
サボらないから評価されるではなく評価されたいから、適切に働く
という健全な動機付けだ。
出社推奨が生む「見えない非生産活動」
出社推奨者が言う
「公式ミーティング外での生産性」
を裏返すと、次の行動が増えることになる。
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タバコ部屋トーク
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飲み会
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会議前の根回し
-
廊下・カフェでの政治的会話
これらは確かに評価には効くが、必ずしも成果には直結しない。
出社推奨とは、
成果ではなく「人間関係構築能力」を暗黙の評価軸に戻す行為
とも言える。
信頼関係は「毎日の対面」でしか作れないのか?
よく言われる反論がこれだ。
「リモートでは信頼関係が作れない」
しかし、あなたの小松自身の経験から、
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拠点がカリフォルニア
-
倉庫がオランダ
-
普段は完全リモート
-
現地訪問は一度だけ
それでも、プロジェクトは成功した。
つまり、
信頼関係に必要なのは毎日の対面ではなく「約束を守る」「反応が早い」「誠実なコミュニケーション」
これらは、工夫すればリモートでも十分に成立する。
出社回帰は「文化」の問題ではなく「設計放棄」の結果
ここまで整理すると、結論は明確になる。
-
リモートが失敗したのではない
-
エンジニアがサボるのが原因でもない
-
信頼関係が築けないわけでもない
成果を定義せず、評価制度を設計せず、その代わりに出社させている
これは言い換えれば、
管理設計の怠惰
だ。
GAFAMですら例外ではない。
裁量労働制の根本的な矛盾が、リモートで露呈する
裁量労働制では、極端な話、
1日1分でも業務をすれば「働いたことになる」
という解釈が制度上は成立してしまう。
オフィス勤務であれば、
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出社している
-
席にいる
-
周囲の目がある
という「物理的拘束」が、この矛盾を覆い隠していた。
しかしリモートでは、
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何時間働いたのか分からない
-
本当に稼働しているのか分からない
-
それでも賃金は同じ
という状態になる。
これはサボりやすい制度設計と言われても仕方がない。
出社は「8時間労働」では終わらない
出社勤務の議論で、軽視されがちなのが通勤コストだ。
仮に、
-
労働時間:8時間
-
通勤往復:3〜4時間
だとすると、
1日11〜12時間を会社に奪われている
ことになる。
これはエンジニアにとって非常に大きい負担だ。
だからこそ、リモートは「緩すぎてはいけない」
ここで重要な指摘がある。
今までのリモートワークは、正直「緩すぎた」面がある。
これは否定しにくい。
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裁量労働
-
成果評価のみ
-
稼働時間不問
この3点セットは、性善説に頼りすぎている。
リモートなら営業時間12時間でも成立
この考え方は、決して「長時間労働を強制しよう」という話ではない。
ポイントは実質的な負担感にある。
出社勤務を冷静に分解すると、
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実働8時間
-
往復の通勤時間 2〜4時間
-
身支度・移動による体力消耗
がセットになっている。
一方、リモートワークでは、
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通勤がない
-
体力消耗が少ない
-
休憩を自分の裁量で挟める
という大きな違いがある。
そのため、出社8時間+通勤
と
リモート12時間(適切な休憩込み)
は、体感的な負担としてほぼ同等、むしろ後者の方が楽になるケースも少なくない。
稼働時間を長めにすると、なぜ生産性が上がるのか
一見すると矛盾しているが、リモートでは稼働時間を長めに取った方が生産性が上がることがある。
理由はシンプルだ。
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コミュニケーションの待ち時間が減る
-
「今聞けない」「今日はもう反応がない」が減る
-
タイムゾーン差を吸収しやすい
- 朝の7時から、夜の9時からミーティングの設定や作業が可能という前提になる
結果として、
-
実作業の分断が減る
-
フロー状態を維持しやすい
-
チーム全体のスループットが上がる
特に、エンジニアリングや分散チームでは、この効果が顕著に出る。
ただし法制度の壁は無視できない
ここで問題になるのが、日本の労働法制だ。
-
36協定
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残業代
-
法定労働時間
これらを考えると、「1日12時間労働」をそのまま制度化するのは現実的ではない。
そこで重要になるのが、「稼働時間」と「実労働時間」を分けて考えるという発想だ。
解決案:実労働8時間+長めの休憩を前提にする
現実的な落としどころは、次のような設計だ。
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稼働ウィンドウ:12時間
(例:7〜8時開始、20〜21時終了) -
実労働時間:8時間
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休憩時間:合計4時間(分割取得を原則)
この4時間の休憩は、
-
昼間の外出ランチ
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ジムや運動
-
子どもの送迎
-
通院や私用
などに自由に使える。
つまり、
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ちゃんと働く
-
ちゃんと休む
-
ちゃんと生活する
を性善説に頼らず制度として成立させることができる。
「緩すぎたリモート」との決別
正直に言えば、これまでのリモートワークは
エンジニアの性善説に依存しすぎていた面は否めない。
-
裁量労働
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日割り評価
-
成果だけを見る曖昧な制度
この組み合わせは、
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サボり疑念
-
貢献度の不透明さ
-
出社回帰という力技
を必然的に生み出してしまう。
だからこそ、
-
勤務単位は「時間」
-
評価は「360度」
-
稼働は長く、実労働は法定内
という設計に切り替える意味がある。
リモートワークを成立させるための制度設計
- 雇用形態の前提を明示する
- 評価は360度評価を前提にする
- 勤務単位は「日」ではなく「時間」
- 稼働ウィンドウは長く、実労働は法定内
リモートワークはエンジニアの採用の観点から切っても切れない魅力的な要素でもあります。しかし、残念ながらこれらの制度設計にしている企業や組織を見たことがないです。
どこかの組織や企業がこういった制度設計にすれば他社と比べて抜群の生産性のある企業になるのではと思います。
過去の記事
何年も前の記事でも書いたように裁量を現場に委譲する事で効率に動かす事ができるかと思います。リモートだろうが、オフィス出勤だろうが関係なしにピザ2枚分で満腹できる人数に分けて評価を事業側からも入れれば適正な評価とスタッフのモチベーション維持に貢献できるかと思います。
GAFAMのような利益や人数が桁違いのような組織になれば、そういう細かい仕組みは面倒になるので、どうしても官僚組織になってしまうのもデメリットの一つかと思います。
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