🏠 ホーム
経済市場
政治経済
SEO

なぜインフルエンサーは事実より過激な発言が多いのか

  マーケティング >     経済市場 >  

SNS時代の“構造的な理由”を解説

最近、YouTube・X・TikTokを見ていると、以前よりも極端な意見を言うインフルエンサーが増えたように感じませんか?
「陰謀論」「過激な政治」「強い断言」「煽りタイトル」など、刺激が強いほど再生される。
なぜこんな現象が起きるのでしょうか?

実はこれ、個人の性格の問題ではなく、SNSが生み出す仕組み(インセンティブ)の問題なんです。


 アルゴリズムは“極端”を好む

SNSのアルゴリズムは、「感情が大きく動く投稿」を拡散させます。

こういった感情は、いいね・コメント・シェアを生みやすい。
一方で、冷静で中立な話題は伸びにくい。

その結果、インフルエンサーは無意識に学習します。

「強く言わないと、誰にも見てもらえない」

これが極端化の第一歩です。


 コンテンツの質と内容に差はない

SNSでフォロワーがインフルエンサーを好きになる理由は、実は“内容の質”ではなく、偶然の出会いが多くを占めています。

無数に流れてくる投稿の中で、1/1000だけがなぜかバズり、その他999が埋もれる。

しかしその差は、クオリティの差ではありません。

たまたまタイムラインに現れたコンテンツに、ユーザーが“恋をした”だけです。

一度好きになったインフルエンサーには、心理学でいう 「確証バイアス」「選択的一貫性」 が働きます。

多少クオリティが低くても「この人だから見たい」と感じ、似た別のクリエイターには目も向けない。

ましてや逆の意見のコンテンツは避けるようになります。

これはマーケティングでは 「ブランド忠誠」「認知的一貫性」 と呼ばれます(サンクコストは少し違います)。

一方で、たまたまバズった投稿は、アルゴリズムに乗り、多くの人の目に触れ、さらにバズが加速する“雪だるま式”の構造があります。

クリエイターから見れば「この程度のクオリティでバズるなら、やってみよう」と参入が増える。

こうして、必ずしも質が高くないコンテンツでも、多くのフォロワーを抱え、依存されて視聴されていく仕組みができあがっているのです。


 過激にしないと埋もれる“競争環境”

インフルエンサーは毎日、大量のライバルと戦っています。

こうしないと埋もれてしまうため、競争がインフルエンサーをより刺激的にさせるのです。

SNSでは、どれだけ正しく丁寧な情報を発信していても、極端さや過激さがなければアルゴリズムに拾われず埋もれてしまいます。

視聴者の興味を一瞬で掴む「強い言葉」や「単純な物語」を使わない発信者は、そもそも拡散されず、フォロワーも増えません。

結果として、バランス感覚のあるインフルエンサーほど日の目を見にくく、極論や刺激的な内容を提供する人だけが生き残る構造が生まれています。


 フォロワーが“極端な意見”を求める構造

フォロワーは、インフルエンサーに対して「自分の感情を代弁してほしい」という期待を持っています。そのため、

こういった“バランス”を取ると、逆に叩かれたり、離れられたりする。

インフルエンサーは学びます。

「フォロワーの期待に合わせた極端な意見を出し続けないといけない」

これが“ブランドの呪い”です。

フォロワーは一度インフルエンサーを「好き」と感じると、その後は食レポでも映画レビューでも、ニュースへの一言コメントでも満足してしまいます。

つまり、コンテンツの質が多少低くても、好意による“良いスパイラル”が働き、安定して見てもらえるようになります。

これはインフルエンサーにとって大きな強みです。

しかしその関係は、思想の急な方向転換や不倫などのスキャンダルが起きた瞬間、簡単に崩れてしまいます。

一度築かれた信頼や好意も、前述の心理構造の通り、裏切られたと感じた途端にフォロワーは一気に離れていくのです。

この事からやはり、コンテンツの質は関係なく、フォロワーとの繋がりがインフルエンサーとしてより大事という事になります。


 極端な意見のほうが“お金になる”

残念ながら、収入面でも極端な意見が有利です。

特に、「敵を作る」ビジネスは最も儲かるモデルの一つです。

(政治系・陰謀論系・アンチ商法などが伸びる理由)

政治系インフルエンサーの世界では、刺激の強い主張ほど再生されやすいため、極端な意見が常に優位に立ちます。

たとえば「核武装すべきだ」「スパイ防止法で疑わしい者は即拘束」「有事に戦わないのは非国民」「中国との協調は弱腰外交」など、白黒をはっきりさせた断言的な主張がアルゴリズムに乗りやすい。

こうした極論は、複雑な政治問題を単純化し“敵”を明確にするため、視聴者の感情を大きく揺さぶり、快感や優越感を与えます。

その結果、冷静で多角的な分析を行う発信者は埋もれ、過激な語り口の人だけがフォロワーを増やしていく構造が固定化されています。


インフルエンサー自身が“情報の泡”に閉じ込められる

インフルエンサーは、常に自分と似た考えの人たちと絡みます。

気づけば、周りが全員“自分の意見に賛成する人だけ”になる。

これにより、現実感覚が徐々にズレていきます。


一度“極端キャラ”になると戻れない

インフルエンサーは“キャラ”で覚えられます。

こうしたキャラを取ってしまうと、途中で普通のことを言うとファンが離れます。

つまり、

極端なままでい続けることが、最も効率が良い

という構造になってしまう。


■ アルゴリズムは「簡単で気持ちいい物語」を好む

極端な意見は短く言えて、わかりやすく、感情を動かしやすい。

令和の米騒動が良い例です。

実際は農業政策・流通・需給・天候・国際相場・各団体の力学が絡み合う極めて複雑な問題。しかし、多くの視聴者は複雑な因果関係より、

「30文字で理解できる敵」

を求めてしまう。

だから極論動画のほうが伸び、事実を丁寧に説明する動画は埋もれる。


■ 極端であればあるほど、フォロワーは心地よくなる

視聴者は、自分の感情を代弁してくれる“強い言葉”に惹かれます。

それが仮に事実からズレていても、「スッキリする」「気持ちいい」という理由で支持されてしまう。

この結果、インフルエンサー側も

「正しい情報より、フォロワーが気持ちよくなる言い回し」

へと寄っていきます。


■ 不登校YouTuber2名の例に見る“極論市場”の構造

不登校問題をめぐり、以下の2名のYouTuberが対立していました。

  1. 精神科医(リベラル系)

    • 「学校に行かなくてもいい」

    • 「無理に行かせるのは虐待」

    • 不登校支援ビジネスを批判

  2. 不登校支援ビジネス運営者(保守系)

    • 精神科医を「薬で儲けるビジネス」と批判

    • 「不登校を許容するほうが子どもの未来を奪う」と主張

両者は真逆の立場で、互いのフォロワーも強く分断されていました。

ところがある日、彼らがコラボ動画で互いの主張を理解し合い、

と、非常に建設的な内容が公開されました。

しかし、その動画は 精神科医側のチャンネルに上がったため、

これらがフォロワーの強烈な反発を招き、コメント欄が荒れ、最終的に動画は削除されました。


■ チャンネルの“色”に逆らえない現実

YouTuberはフォロワーに支えられて成り立つため、

フォロワーの世界観に合わなければ、収益的に致命傷になります。

つまり、インフルエンサー自身が真実を語りたくても、

「フォロワーの好む極論から外れたら終わり」

というジレンマを抱えているのです。


■ フォロワーは、もはや“正確な情報”では満足しない

本来、YouTubeの価値は「一般には見えにくい事実を丁寧に説明すること」だったはずです。

しかし現在は、

これらのほうが圧倒的に消費されるようになっています。

そのため、ファクトチェックされた情報は相対的に見られず、「快感をくれる極論」が勝ってしまう。


■ まとめ:極論は“ウケる”から広がり、事実は“面倒だから”埋もれる

SNS時代の情報環境では、

これらが組み合わさり、極端で単純な物語ほど強くなるという構造ができあがっています。

インフルエンサーが極端になるのは、

これらすべてが「極端な意見のほうが得をする」ように設計されているためです。

だからこそ、私たちがSNSを使うときは、発信者本人ではなく“仕組み”を見ることが大切になります。

登録日:

更新日:

by

コメント         tweetでコメント