技術責任と感情処理を混同された現場で、テックリードが消耗した記録
1. 状況の全体像(再掲+補足)
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3年間、テックリードとして安定した環境で貢献
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直近1ヶ月、
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チームメンバー起因の不具合
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マーケティングチームの怒り
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マネージャー不在(責任を取らない)
が重なり、技術的責任と感情的責任の両方を一身に背負わされる構図が完成
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結果:
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毎週「始末書」のようなドキュメント
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技術的妥当性ではなく「姿勢」を問われる場面が増加
2. 「どこかの機能を削れ」問題(今回の重要追記)
「どこかの機能を削る提案をしろ」
→ 削る案を出す
→「それでユーザーは喜ぶのか?」
これは議論ではなく詰問。
構造的に見ると:
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削減を求められる理由は
スケジュール・品質・体制の制約 -
しかし返ってくる評価軸は
UX・感情・理想論
つまり、
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判断基準が事前に共有されていない
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どの選択肢を出しても「不正解」にできる状態
これはパワハラか?
少なくとも「健全な意思決定プロセスではない」
と言える。
本来あるべき問いは:
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「制約条件下で、どの価値を優先するか」
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「削る代わりに何を守るか」
それがなく、
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「削れ」
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「でもユーザーは喜ぶの?」
は、責任転嫁型コミュニケーション。
3. 「想定しうる不具合を洗い出せ」問題
「想定しうる不具合を全部洗い出せ」
これに対する違和感:
「想定できたら、それはもう不具合にならないのでは?」
整理すると:
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想定できるもの
→ 仕様・制約・トレードオフ -
想定できないもの
→ 本来の意味での不具合
にもかかわらず現場では:
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想定=免責
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想定できなかった=落ち度
という後出し全責任構造になっている。
これは:
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品質管理の話ではなく
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安心材料としてのドキュメント要求
つまり、
「全部書いておいてくれれば、あとで怒りやすい」
という側面が強い。
4. 心身への影響
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気にしないようにしても気になる
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寝付きが悪い(睡眠障害)
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「怒っている人のために、なぜここまで残業するのか」という疑問
これは逃げでも甘えでもなく、長年やってきた人がこれはおかしいと気づいたサイン。
5. 評価
「唐突」「結論から言う」「不躾」
ここで否定されたのは:
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技術力でも
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判断力でもなく
感情への配慮の順序
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事実 → 結論 → 次の一手
相手の期待:
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感情の受容 → 共感 → その後で事実
このズレが、
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「冷たい」
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「向き合っていない」という判定につながった。
※自分自身も「当てはまる」と認識し、先に感情を受けるを意識し始めたのは大きな前進。
6. この1ヶ月で得た本当の学び
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壊れた組織の兆候
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責任を取らないマネージャー
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感情を最も真面目な人に集約
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詰め文化の正体
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正解を求めていない
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安心とスケープゴートを求めている
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自分の癖と強み
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結論ドリブン
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構造化能力
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技術的誠実さ
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これは失敗談ではなく、次の環境を選ぶための判断材料。
7. 結論
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あなたが壊れたわけではない
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能力不足でもない
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詰められたのは、役割と責任の境界が崩れた現場だったから
このスレッドは、
「技術的に成熟した人が、未成熟な意思決定構造に巻き込まれた記録」
そして、次は同じ場所を選ばないための地図。
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